昨年から今年にかけて、アメリカの小売店で、あまりに堂々と万引きをする動画が拡散されるようになりました。
その様は、まるで別世界のような無法地帯で、まさに「リアル北斗の拳」「ゲームの中の犯罪世界」のような状況にびっくりさせられます。
この記事では、
- アメリカの万引き犯罪の現状
- なぜこれほど万引きが増えているのか?
- これからどうなるのか?
の3点について、解説をしていきます。
1、アメリカの万引き犯罪の現状
まずは、ここ数年のアメリカの万引きによる被害額について見てみましょう。
NRF(全米小売業協会)の集計によると、アメリカの小売店における、万引き等による被害額は、年々増加傾向にあり、2021年は約945億ドル(約14兆円)に達していました。
(参考:CAPITAL ONE shopping reseach)
ちなみに、日本のイオングループの小売事業(イオンモール・スーパー)の売り上げが約6兆円ですので、その2倍以上の被害額になる計算です。いかに被害額が大きいのかが分かりますね。
特に目立つのは、2019年から20年にかけての、大幅な増加です。なぜ、この時期に一気に増えているのか?については、後で詳しく解説します。
大手小売店による閉店が増加
このように、小売店に対する万引きが増えたことによって、店舗を閉鎖する企業が増えています。
その中でも目立つのは、日本のイオンやイトーヨーカドーにあたる、ウォルマートです。
2022〜2023年4月までの間に、28店舗を閉鎖していますが、かなり大きな都市でも店舗の閉鎖が進んでいるのです。
*○の中の数字は、閉じた店舗数
都市名 | 州 | 人口(万人) | 閉鎖時期 |
④シカゴ | イリノイ州 | 269.7 | 2023年4月 |
①ワシントンDC(首都) | コロンビア特別区 | 71.3 | 2023年1月 |
②ポートランド | オレゴン州 | 64 | 2023年3月 |
①ルイビル | ケンタッキー州 | 62.9 | 2022年4月 |
①ミルウォーキー | ウィスコンシン州 | 56.9 | 2023年3月 |
①アルバカーキ | ニューメキシコ州 | 56.3 | 2023年3月 |
②アトランタ | ジョージア州 | 49.7 | 2023年1、2月 |
全米3位の人口を誇るシカゴで4店舗、アメリカの首都であるワシントンDCでも1店舗、そして、日本では住みやすいイメージのあるポートランドで2店舗が閉鎖しているのです。
特にポートランドにおいては、すべてのウォルマートの店舗が撤退して話題となっています。
ポートランドの人口は約64万人なので、日本で言えば、船橋市や川口市、静岡市、鹿児島市ぐらいの規模の街になります。
これほどの規模の街で、イオンなどの大規模小売店の1社が、完全に撤退していたということは、かなりヤバイことがイメージできるのではないでしょうか。
また、ウォルマートのような総合スーパー・ショッピングモールに限らず、ドラッグストアでも、店舗の閉鎖が進んでいます。
全米で9,000店舗を展開するドラッグストア「ウォルグリーン」では、アメリカで150店舗、イギリスで300店舗の閉鎖を行う予定です。日本で言うところの、スギ薬局やツルハドラッグのようなお店が、今年だけで150店舗も閉鎖されるのです。
これほどの規模で閉店しているわけですから、万引きによる損失がかなり大きいと言うことが分かりますね。
2、なぜ、これほど万引きが増えているのか?
前の章でご紹介した通り、万引きによる被害額は、2020年になってかなり大きく増えています。なぜ2020年なのでしょうか?
最初に結論をまとめると、以下のようになります。
- 2020年以前から、警察による黒人に対する差別(不当に逮捕されている、不当に銃殺されている)があり、警察に対する不信感が高まっていた
- 刑務所の受刑者が増えすぎてしまったため、軽犯罪のハードルを引き下げる州が増えた(州によって、200〜2,000ドルまでの窃盗は、軽犯罪になり、刑が軽くなった)
- このような状況の中で、2020年に黒人男性が白人警察官に拘束・死亡させられた動画が拡散したことがきっかけとなって、全米でBLM(ブラック・ライブズ・マター)運動が起こり、警察予算の削減を求める動きが活発化した結果、警官が減り、犯罪者がつかまりにくくなった
- 新型コロナで失業者が増える一方で、不動産価格や家賃はむしろ大きく上昇してしまったため、ホームレスになる人が急増し、絶望のあまり薬物中毒で死亡する人も急増した
- 薬物中毒者が増えた結果、薬を買うために万引きなどの犯罪に手を出す人が増え、被害額が急増した
ここから、詳しく解説していきます。
(1)警察による黒人に対する差別が続いていたため、警察に対する不信感が高まっていた
日本でも、中学、高校でアメリカの歴史について学びますが、その内容は、
- 19世紀に起こった南北戦争で、リンカーン大統領が奴隷制の廃止を訴え、北軍が勝ったことで奴隷制が廃止された
- しかし、その後も黒人に対する差別は残り、1950〜60年代にキング牧師を中心に公民権運動が起こり、選挙権の平等などが実現された
といったことでしょう。
ですが、1964年にキング牧師は暗殺されましたし、その後も黒人に対する差別は残ったため、不満は溜まっていきました。
この辺についての実情は、ネットフリックス制作の映画「13th」に詳しく描かれています。
この映画は、「黒人差別が、アメリカでどのように行われてきたのか」を描いたものなのですが、
- 「黒人=犯罪者」のイメージを作り上げることで、多くの黒人を刑務所に送り込んできた
- その犯罪者を使って、実質的な奴隷労働をさせることで、刑務所・警察・司法が儲かる仕組みを作ってきた
ということが、南北戦争以降、100年以上も形を変えながら、続いてきた、という歴史が描かれています。
Youtubeでも見ることができて、日本語字幕もあります(ただし、暴力的な、ショッキングな映像がたくさんあるので、ご注意ください)。
このような歴史的な背景があるため、特に黒人の迫害の張本人として、警察が槍玉にあげられやすくなっていたわけです。
(2)刑務所の受刑者が増えすぎてしまったため、軽犯罪のハードルを引き下げる州が増えた
前章でご紹介した「13th」でも描かれているのですが、アメリカでは1980〜90年代(レーガン〜クリントン政権)に、「麻薬に対する戦い」を宣言して、徹底的に麻薬犯罪を取締りました。
これによって、米国では受刑者の数がどんどん増えていき、その流れは2010年ごろまで続いてきたようです。
しかし、厳罰化をしても、再犯率も犯罪率もあまり改善されることはなく、警察や刑務所の予算がどんどん増えてしまったため、矯正プログラムの充実など、他の方法を採るようになりました。
そして、そのうちの1つとして、窃盗犯罪に対する重罪・軽犯罪の基準が緩和されたことも挙げられます。
例えば、カリフォルニアでは、2014年に住民投票で、「提案47 安全な近隣と学校法」という法律が可決されました。
これによって、950ドル以下の窃盗については、軽犯罪となり、罪が軽くなったのです。
他の州でも現在は似たような基準となっており、500ドル以下の窃盗が重犯罪になるのは、ニュージャージー州とニューメキシコ州の2州のみで、それ以外の州では1,000ドル以上のところが大半なのです。
(3)2020年に起こったBLM(ブラックライブズマター)運動から、警察予算の削減の動きが活発化
このような状況の中で、2020年に黒人男性のジョージ・フロイドさんが、白人の警察官に拘束され、その後に死亡する事件が起こりました。
その時の動画が、拡散されたことで、全米でBLM運動が起こり、警察に対する抗議活動が活発化しました。具体的には、警察予算の削減を通じて、警官による黒人に対する差別を止めさせようとしました。
このような動きに反応したのが、人権や差別に対して問題意識が強い、民主党が地盤の都市です。ロサンゼルスやニューヨーク、シカゴなどの大都市の多くで、警察予算の削減が行われました。
警察の予算が減ると言うことは、警察官の数が減ると言うことですから、犯罪を犯しても捕まりにくくなります。
2020年は新型コロナの感染拡大によって、失業者も増えましたので、犯罪も増えやすい状況にあったことも、万引き件数が急増した理由の1つと言えるでしょう。
(4)失業者が増える一方で、家賃が上昇したため、ホームレスになる人が増え、薬物中毒者・犯罪予備軍となる人たちが増えた
日本の不動産価格も、商業地以外では、新型コロナの影響はほとんど見られませんでした。ですが、アメリカでは、むしろ家賃が急激に上昇しました。
2019年は3%台だった失業率が、20年は8%にまで上昇したのです。2倍以上の失業者が生まれたのに、家賃はどんどん上がっていたわけですから、家を失う人も増えたのです。
家賃の延納措置が取られましたが、それも2021年3月ごろまででした。
特に家賃が高く、気候が温暖でホームレス生活がしやすいカリフォルニア州において、ホームレスの方の数が増加しています。
全米で見ると、ホームレスの総数は、それほど変化は見られませんので、家賃が高い一部の大都市に限られた現象と言えるかもしれません。
しかし、その一方で、全米単位で2020年ごろから急増したのが、薬物中毒による死亡者数です。
ヘロインの50〜100倍の効果のある「フェンタニル」、「トラック」と呼ばれる薬物が、ホームレスの方々の間で急速に広まっており、2020年を境に中毒死をする人が急増したのです。
特にホームレスが増加しているカリフォルニア州で約2倍に急増していますが、全米で見ても、1.5倍程度の増加をしており、かなり深刻化していると考えられます。
真面目に働いていた人たちが、新型コロナで失業になり、しかも家賃が上がって家を追い出されホームレスになったとなれば、絶望して薬物に手を出す人も増えるのも理解できます。
(5)薬物中毒者が増えた結果、薬を買うために万引きなどの犯罪に手を出す人が増え、被害額が急増した
アメリカでは現在、ヘロインの50〜100倍の効果がある「フェンタニル」や、「トラック」と呼ばれる薬物が広がっています。
日本では想像しにくいですが、1度、薬物中毒になってしまうと、薬物を継続しないと禁断症状が出てしまうため、なんとか薬物を手に入れようと、犯罪に手を染める人が増えます。
(*英語記事をGoogle翻訳して引用)
ロサンゼルス市警のスティーブン・ビアラー刑事によると、多くの住居を持たない人々が麻薬代を稼ぐために地元や市内各地の店から商品を万引きしているという。
路上で人々はこのプロセスを「ブースティング」と呼んでいます。人々はマッカーサー公園周辺の露店商に盗品を売り、彼らは盗品を市場価格よりも安い価格で「囲い」、つまり転売している、とビーラー氏は言う。
2020年以降、薬物中毒による死亡者が急増していることからも、薬物を買うために犯罪に手を染める人も増加しているでしょう。
犯罪者が増えれば、被害額も増えますので、2020年からの被害額の急増は、このような理由の組み合わせで起こったと考えられます。
3、これからどうなるのか?
このように、歴史的な警察に対する不信感や、黒人に対する差別への怒り、中毒性の高い薬物の蔓延など、複数の理由が絡み合って起こっているのが、現在のアメリカの万引き天国の状況です。
さらに、これに加えて、今のアメリカでは、メキシコ国境からの不法移民が、毎月10〜20万人のペースで入国しています。
(参考:US Custom and Border Protection)
仕事のあてもなく、所持金もほとんどない、これらの移民は、犯罪者の予備軍となる可能性もありますので、ますますアメリカ国内は混乱へと向かっていくと考えられます。
そのため、
- 大都市(NYやロサンゼルス、シカゴなど)を中心に、店舗の閉鎖がさらに進み、犯罪が郊外へと広がっていく
- 店舗の閉鎖が増えることで、食料品などの生活必需品が手に入らない地域が増える。食料暴動が起こる可能性も
- 店舗閉鎖、治安の悪化したエリアでは、不動産価格の下落が進む
- 商業用不動産への投資が多い地方銀行を中心に、破綻が起こる
- 治安の良い州や、郊外への移住が増える
といったことが起こるでしょう。
(関連記事)
この記事では、アメリカ全体の傾向について解説しましたが、個別の州・都市についての現状は、こちらの記事で詳しく解説しています。
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